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2005 / 05 / 18 ( Wed )
 2006年5月19日 新入生セミナー  担当教官 今井先生 
 
 「アイヌ人に対する差別」

 アイヌ人に対する差別は、今でこそかなりなくなりつつあるが、その起源は古代にまでさかのぼることができます。ここでは、江戸時代以降のことについて触れてみることにしましょう。


 アイヌが差別を受けることになったのには、いくつかの理由があります。
 まず、江戸時代の日本社会においては「独自の文字がない=読み書きができない」ということは能力の欠如を意味していました。つまり、つまり、文字を持たないということは和人にとってはアイヌが「遅れていること」を意味し、文字を持つ和人の方が優秀と思われてしまったのです。
 また、アイヌの中には「実力行使の前に徹底的に話し合う」という風習を持つところも少なくなかったため、戦いを避けようとする姿勢を侮られた部分もあると考えられています。
 さらに、和人にとって、アイヌ民族の風貌が異質であったことも大きいです。民族としての個性だと僕は思いますが、寒い地域に比較的薄着で暮していたためでしょうか、アイヌ民族には体毛が目に見えてはっきり分かる人達が多かったのではないのでしょうか。また、そうした習慣もあって、男性はヒゲも大いにたくわえていました。ゆえに、いきおい「ケモノ」のように荒くれたイメージを与えてしまったかもしれません。

 大政奉還以後、日本はアイヌを平民として日本人に組み入れることで、北海道という土地を明確に自国領として取り扱いました。また、日本人(特に知識人)の間では、アイヌを「教化しなければならない未開人」または「助けなければならない弱者」と考える向きが強まり、同化政策と保護運動が両立するという奇妙な事態が発生してしまいました。
 一方アイヌを、アイヌの側から見てみると、非文明的という受け入れ難い理由により、伝統的な狩猟や医療(シャーマニックな祈祷)が禁止されたばかりか、和人入植者である「新土人」の対語として作られた「旧土人」という分類に勝手に区分され、土地に関する差別的な扱いを受けていったといえます。
 なお、家族主義的な傾向が強かった当時の日本では、「未開人」または「弱者」であるアイヌとの婚姻をことさらに疎む者もいました。アイヌの場合はこれが戦後もしばらく続いたという点で、より深刻と言えます。こうした傾向から、「アイヌ」という呼称そのものが差別的に用いられる事例もあらわれ、ますます差別的な流れが確定していきました。
 
 結局日本人(和人)側の「教える」「導く」「守る」という、一方的な善意と、それと表裏一体となった利己的な振る舞いとが、アイヌという集団を翻弄してきたと言えますね。
 

 参照 Wikipedia
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コメント
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by: 落ち武者(名無し) * 2008/10/28 06:22 * URL [ 編集] | page top↑
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by: 落ち武者(名無し) * 2008/10/28 22:10 * URL [ 編集] | page top↑
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